押本龍一－私の出会う光景－第174回：日川渓谷・竜門峡付近を散策

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

山梨県甲州市日川渓谷の大和町田野地区から天目地区は竜門峡と呼ばれている。冬の日、葉が落ち寂しいオフシーズンのためハイカーの姿はなく、竜門峡を独り歩いた。

2月下旬、友人の母親の墓参りに同行し、山梨県甲州市へ行く機会があった。何処か行きたい所が周辺にあれば見つけておいてと言われた私は、地名の響きがいい竜門峡に寄リたいと思った。当日、国道20号を大月市から甲府市へ向かって行くと、「矢立の杉」というサインが見え、県道212号に入る。集落を越え県道はくねくねと曲がりながら上って行き、4.5kmほど上ると「矢立の杉」への入り口に到着した。戦国時代、出陣の際に武士が必勝祈願し、この杉に矢を射ったのが名前の由来だ。古書にも記され、北斎や二代目広重の絵にも描かれている。観光協会によると、幹は地上約22mで折損し中は上まで空洞になり、上の枝は風害によって白骨化し、幹の空洞内は火災で木炭化しているそうだ。

朝陽が県道212号に差しはじめた。苔の生えた石壁は輝き、レンズを向けずにはいられない光景だ。

樹齢1000年を超す矢立の杉は、樹高約28m、根廻り14.8m、幹囲9m。周囲の風景と矢立の杉を写すのに超広角レンズが必要だった。

県の天然記念物に指定されている「矢立の杉」を見た後は県道20号に戻り笹子トンネルを通って北上し、県道218号を東へ走り竜門峡遊歩道の入り口まで日川沿いを上った。日川に掛かる龍門橋を渡りそのまま大志戸林道を上がって行くと、駐車場があり展望台が建っていた。「大志戸木の実の里森林公園」と書かれた大きな案内図に誘われ、落ち葉が積もるトレイルを登った。

落ち葉のトレイルは急斜面だった。派手な色のない風景は彩度を少し下げた。

葉のない木々の向こうに富士山が見えた。

遊ぶ子供もいない冬の森林公園。子供目線で撮ってみた。

森林公園は視界が開けた所が少なかったが、南の方角に山々が見える場所があった。

森林公園から引き返す大志戸林道から、所々に雪が残る山間の集落を見下ろす。

森林公園から先には行かず、上って来た大志戸林道を竜門峡の入り口まで下った。駐車場には1台の車もなくトイレも閉まっていた。友人は睡眠不足のため車で仮眠を取ることになり、独りで遊歩道を歩いた。遊歩道のはじめはよく整備されていたが、途中から斜面の土砂が崩れていて、幼い子ども連れは注意が必要な場所もあった。観光協会サイトには新緑と紅葉の素晴らしさが書かれている。冬のこの日、観光写真に見る色鮮やかな風景はなく寂しい風景だが、誰にも会わず竜門峡を独り歩くのも楽しいことだった。遊歩道の半分近くまで歩くと日川に流れ込む「落合三つの滝」が対岸に見えた。観光協会サイトに「現在、崩落により遊歩道から滝まで進入出来ない」とあったが、川に掛けられた丸太橋が流されたのかもしれない。「落合三つの滝」から先ヘは行かず、そこから引き返した。

日川へ激しく流れこむ支流には凍りついた部分もあり、日陰は冷たい風が吹き抜けていた。

岩場の傍を歩くと冷たい空気を頭上に感じ、見上げると岩から水がしみて氷柱ができていた。

日川と「落合三つの滝」の冬を忠実に伝えるため、彩度を控えめにした。

遊歩道から見えた日川に掛かる橋まで下りてみた。超広角ズームレンズで周囲の風景を大きく撮り込み、錆びた橋の質感も克明に写せた。

錆びた橋から日川が流れて来る竜門峡を眺める。

錆びた橋から日川を見下ろす。

竜門峡遊歩道を歩いた後、この地で自刃した武田勝頼公らを弔うため、徳川家康が建立した景徳院（けいとくいん）へ立ち寄った。1582年3月11日、織田・徳川連合軍に敗れた武田氏は甲斐大和の地で滅び「武田家終焉の地」とされ、この地方の観光として景徳院は中心的な場所だ。境内及び武田勝頼墓が県指定史跡に、境内の桜は甲州市の天然記念物に指定されている。景徳院の境内は桜が咲くのはまだ先だったが、重みのある建造物があり被写体には困らなかった。

桜は4月までお預けだったが、武田家終焉を想い山門に通じる石段を上がった。

格子越しに凄みのある仁王像の全体像が撮れた。

ポートレート用レンズで仁王像に迫る。

冬の日、釣鐘は境内で唯一色を残しておきたかった被写体だった。

少し離れて斜め横から武田勝頼・息子の信勝・妻の北条夫人の墓を境内の風景の一部として切りとった。1582年3月11日、勝頼37歳、信勝16歳、北条夫人19歳で自刃した。

景徳院からは、友人の母親の墓がある中央線の塩山駅付近へ移動し、近くに建つ甘草屋敷（かんぞうやしき）に立ち寄った。江戸幕府の命により漢方薬の原料である「甘草」を栽培していたのが名前の由来で、国の重要文化財に指定されている屋敷（旧高野家）は一見の価値がある。

趣のある茅葺き屋根の小屋。

高野家住宅の主屋を正面からしっかりと切りとってみた。切妻屋根の前面上部に2段になった突き上げ屋根があり、甲州民家と呼ばれる江戸時代後期の建築方式だ。

友人の母親の墓参りを無事終え、竜門峡の上部である天目地区へ上り、大菩薩峠に向かいさらにその先へ行くと冬季のため道は閉まっていた。

木々の間から見る竜門峡上部のダム。

竜門峡の先の上を流れる日川は雪に覆われていた。

天目地区の県道218号から見る富士山。

午後から雲に覆われ、竜門峡周辺は墨絵のような風景となった。冬は観光写真のような色鮮やかな風景はないので、この時季にしかない空気感をカメラに収めた。武田勝頼公らが自刃した1582年3月11日もまだ色の少ない時季だったと思うので、武田家終焉を偲ぶにはいい日だったと思う。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。