押本龍一 ― 私の出会う光景 ― 第17回:8月のレッドウッドコースト(後編)

北カリフォルニア、クレセント・シティー(Cresent City)の朝6時過ぎ、宿を出ると空はどんよりとした雲に覆われ静かな港町に霧笛の音が響いていた。クレセントシティーは、カリフォルニア州で最も降水量の多い場所のひとつで、年間平均降水量は75インチ(1900mm)に達する。
1月の最高気温平均は53°F(12°C)、最低気温平均は39°F(4°C)。8月の最高気温平均は67°F(19°C)、最低気温平均は50°F(10°C)と、LAに住む私にとって、とても雨が多く冷涼な気候に感じる。地形上、津波の被害を受けやすく1943年から1994年の間に17回の津波を受けた。1964年3月27日午後5時36分、アラスカ州で発生したマグニチュード9.2のアラスカ大地震(Great Alaskan Earthquake)で発生した津波は、北カリフォルニアの海岸にまで押し寄せ、21ft(6.4 m)の高波は、人口3千人(その当時)の林業と漁業の小さなタウンを飲み込み12人の命を奪った。
オレゴン州との州境から南へ20マイル(36km)の海岸は、この朝、穏やかだった。港の北側を海に向かっていくと、海岸には霧の中に数秒ごとに光る灯台を、湾には霧に霞んだ桟橋が見えてくる。灯台は、岩が多い砂浜の少し先の小島に建っている。小島には海岸を歩いてすぐに渡れるが、高潮で海岸は海水に浸り小島まで渡れないことは珍しくなく、潮の高さを確認するようにと、ガイドブックにあったが、この朝の砂浜は、海水に浸ることなく簡単に灯台(Battery Point Lighthouse)まで歩いて行けた。潮のにおいに包まれた灯台を眺めていると、女性が灯台まで走り、そこから引き返し霧の中に消えていった。その走りは、朝の日課にしていると思わせる早い走りだった。私は小島に繋がる砂浜前の駐車場から、桟橋に車で移動した。桟橋でも先ほど見かけた女性とは別の女性が、桟橋の先端まで走り引き返していった。そして、その女性の走りも実に軽快だった。

thumbnail-01

潮の香りに包まれた小島に1856年に初点灯された灯台が建っている。
海霧に濡れたルピナス(Lupin)が咲く、湿った空気感を超広角ズームレンズで写しこむ。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 8-16mm F4.5-5.6 DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/30秒 | 絞り値:F8.0 | 焦点距離:16 mm

thumbnail-05

カリフォルニア州の歴史的建造物(California Historical Landmark)に指定されている高さ45ft(13.7m)の灯台。
足場の悪い岩の上に立ち、太平洋を背にして見上げるように超広角ズームレンズで撮影。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 8-16mm F4.5-5.6 DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/30秒 | 絞り値:F8.0 | 焦点距離:9 mm

thumbnail-03

霧に霞む桟橋を女性が走ってきた。
色のない物静かな朝、モノクロームにしてみた。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:400 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/500秒 | 絞り値:F4.0 | 焦点距離:200 mm

thumbnail-04

クレセント湾の北側は、大きな砂浜になっている。
朝のランニングだろうか、誰かの足跡が残されていた。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 8-16mm F4.5-5.6 DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/50秒 | 絞り値:F9.0 | 焦点距離:9 mm

thumbnail-05

霧で霞むクレセント湾に首の長い鳥の群れを見た。
白い鳥はチュウダイサギ(Great Egret)、グレーの鳥はアオサギ(Grey Heron)であろうか。
高倍率超望遠ズームレンズをしっかりとホールドし、遠くにいる鳥を写す。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F8.0 | 焦点距離:500 mm

その後、ビジターセンター(Chamber of Commerce Vister Center)に立ち寄り、漁船が停泊している、クレセントシティー・ハーバーディストリクトに向かった。レジャー用のヨットが停泊している港とは明らかに違った雰囲気の港は、余分なものがなく飾り気がない。この朝、港には人の姿は少なかったが、海に生活の糧を得るたくましい人間の匂いがした。

thumbnail-06

無造作に置かれて入るように見える朽ちた船。
何かの意味があるのだろうか。
どんより曇った空の下、大口径標準レンズでしっかりと描写する。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 30mm F1.4 EX DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F6.3 | 焦点距離:30 mm

thumbnail-07

まだ現役の船だろうか。
厳しい海に出た跡がクリアーに読み取れる。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA MACRO 70mm F2.8 EX DG | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/160秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:70 mm

thumbnail-08

海で命を落とした人の記念碑に花が寄せられていた。
カラフルな花は、飾り気のない港を明るくする。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA MACRO 70mm F2.8 EX DG | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/160秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:70 mm

thumbnail-09

海に生活の糧を得る人間の港には、派手な色はない。
ここにあるすべての物の存在感を、デジタルカメラは忠実に写し撮る。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA MACRO 70mm F2.8 EX DG | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/160秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:70 mm

thumbnail-10

捕らえたマグロをさばく漁師のそばにアシカ(Sea Lion)の子供が近寄ってきたが、彼らは何も与えなかった。
DP2sを首からぶら下げていた私は、思わずシャッターを押した。

使用機材:SIGMA DP2s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/80秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:24.2 mm

クレセント港からハイウェイ101を南に走り、クラマス川(Klamath River)を渡る少し手前でハイウェイを降り、河口を見るため川沿いの道を海の方向へ走った。クラマス川は、オレゴン州の南東からカスケード山脈(Cascade Range)の南を横切り、太平洋に流れ込む全長263 miles (423 km)、サケとマスが豊富で豊かな自然に囲まれている。
この日、川沿いには霧がかかっていた。狭い道に建つ1件の宿を通り過ぎると、霧がさらに濃くなり川が全く見えなくなった。私は河口に行くことを断念し、ハイウェイに戻った。

thumbnail-11

川沿いには7000年以上前からアメリカ先住民族が暮らし始め、カリフォルニアに金が発見されるまで、豊かな自然の恵みを受け川沿いに暮らしていた。
X3 Fill Lightを下げ、霧に霞む穏やかで神秘的な光景を表現した。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 18-250mm F3.5-6.3 DC OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/160秒 | 絞り値:F8.0 | 焦点距離:50 mm

クラマス川を渡り南に少し走り、コーストレッドウッド(Coast Redwood)が生息する深い森を走る道(Newton B. Drury Secnic Pkwy)に入った。クレセントシティーにあるビジターセンターで、レッドウッドの森を見ながら南下するには、101を走らずこの道と薦められた景観道路は、幾つものトレールの入り口があり車も停めやすく、走る車も先を急いではいなかった。この道の大部分は、州立公園(Prairie Creek Redowood State Park)内を走るが、国立公園との境目も違いは地図上のことで、景色に優劣はない。実際、1980年にユネスコの世界遺産に登録されたレッドウッド国立公園は、2006年にレッドウッド国立・州立公園と登録名も変更されている。
1848 年、金が発見されて始まったゴールドラッシュで世界中から押し寄せた人々の住居に、良質で加工しやすいレッドウッドは重宝だった。高さ330feet (100m) 以上もなる巨木は大量に切り倒され、1853年までに9つの製材所がユーリカ(Eureka)に運営されていた。そして、レッドウッドが生息している森のほとんどは、1890年代までに個人の所有になった。その当時から森を保護地区にしようとの声はあった。しかし、良質な木材への需要は高く、その声は受け入れられなかった。1960年代にはその大半が切り倒され、1968年にレッドウッド国立公園に制定されるまで、伐採は続いた。

thumbnail-12

北カリフォルニア海岸沿いのレッドウッド森(Prairie Creek Redwood State Park)のOssagon Trailを歩いた。 レッドウッドは、2000年以上生存できる。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA 8-16mm F4.5-5.6 DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/80秒 | 絞り値:F8.0 | 焦点距離:8 mm

thumbnail-13

冬に雨が降りその水分を蓄えた森は、夏でも乾くことはない。
湿潤な森は神秘的で、湿った空気に潤いを感じる。

使用機材:SIGMA DP2s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/30秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:24.2 mm

thumbnail-14

セコイアの一種であるコーストレッドウッドは、必要な水分の30パーセント以上を霧から得ると言われている。
マクロレンズで、濃い霧に包まれ雨が降ったように濡れた草木を描写する。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA MACRO 70mm F2.8 EX DG | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:オート | シャッター速度:1/10秒 | 絞り値:F6.3 | 焦点距離:70 mm

thumbnail-15

まさに年輪を感じる木の表面。
彩度を抑えると、でこぼこした木の表面が力強く描写された。

使用機材:SIGMA DP1s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/4秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:16.6 mm

thumbnail-16

先を急がずゆっくりと走りたくなる景観道路(Newton B. Drury Secnic Pkwy)。
ジャイアントセコイアと比べると、レッドウッドの方が高く、ジャイアントセコイアの方が太くて体積が大きい。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F4.0 | 焦点距離:70 mm

時より車を停め、山歩きをした景観道路(Newton B. Drury Secnic Pkwy)を南に走り、ハイウェイ101に再び戻りしばらく走ると大きなエルクを見かけた。昨日、暗くなりかけた森に目撃したが、その顔がよく見えなかったエルクの顔がよく見えている。エルクがよく目撃されるエリアのサインには、「近づかないように」と書かれているが、精悍なエルクの顔を見ていると、とてもそばに近づく気はしなかった。

thumbnail-17

1000パウンド(454Kg)以上にもなるルーズベルト・エルク(Roosevelt Elk) その名は、自然保護に貢献したセオドア・ルーズベルト大統領に因む。
高倍率超望遠ズームレンズで、危険を感じない距離から撮影。

使用機材:SIGMA SD15 + SIGMA APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/160秒 | 絞り値:F10.0 | 焦点距離:203 mm

レッドウッドコーストには、サンフランシスコからハイウェイ101を北上してきたが、ユーリカ(Eureka)の北のカレッジタウン、アーカータ(Arcata)で、ハイウェイ101から州道299に入り、約140マイル(224km)先のインターステート・ハイウェイ5と交差するレディング(Redding)を目指し東へ向かった。レッドウッドコーストから50マイル(80Km)ほど内陸へ走ると、厚い雲は消え日差しが強くなった。気温は高く空気は乾いていた。慣れたカリフォルニアの夏に戻り、私はシャツ1枚になり窓を大きく開けて走った。深く刻まれた渓谷と雄大な山々を見ながら走る州道沿いには、探求心を駆り立てる場所がいくつもあり、一気に走り抜けてしまうのはもったいない気がした。日が傾き始めた頃、州道299沿いに小さなタウン、ウィーバービル(Weaverville)に立ち寄った。ゴールドラッシュ時代は、アメリカ国内だけでなく世界中から多くの人が、金を求めてカリフォルニアへやって来た。後日知ったことだが、このタウンには一時2000人の中国人金鉱夫が住んでいた。このかわいいタウンは、いわゆるゴールドラッシュ・タウンだった。
タウンの中心から少し離れたところに、大量の丸太が積まれ、乾燥を防ぐため水をかけている光景を目にした。丸太は、ここに来るまで何台かすれ違ったトラックにも積まれていた。

thumbnail-18

州道299沿いの1850年創設の小さなタウン。
かわいい町並みが見られることは予想外だった。

使用機材:SIGMA DP2s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F5.6 | 焦点距離:24.2 mm

thumbnail-19

積んだ丸太に、水をかけていた製材所に小さな虹が出ていた。
この周辺のドラマを感じる光景を鮮明に写した。

使用機材:SIGMA DP2s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:100 | ホワイトバランス:晴れ | シャッター速度:1/125秒 | 絞り値:F8.0 | 焦点距離:24.2 mm

ゴールドラッシュにより始まった木の伐採は、最初のうちは、オノやノコギリで伐採していたが、20世紀に入ると、道具の進歩により、より多くの木を早く切り倒すことができるようになった。そして世界で一番高い木、レッドウッドの森のほとんどが消え、伐採が始まる前の古い森は5パーセント以下になってしまった。現在、森の復旧作業が懸命に行われている。
レッドウッド国立・州立公園のサイトに、「鹿、エルク、海と川からは魚、ナッツ、ベリー、シーズ等の食料源は、先住民にとって重要だった。そして、効果的なハンティング、フィシング、収穫技術は、自然界のバランスに対しての深くスピリチュアルな自覚といつも一体だった。」とある。自然界のバランスを自覚する感性を磨くことが、急務かもしれない。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ(X3F)を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。

押本 龍一
プロフィール

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。
84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、 広告写真スタジオで働き始める。
91年フォトグラファーとして独立。
95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。
エンターテインメント関係の撮影中心。
近年はライフワークである旅写真に力を入れている。
趣味は旅と山歩き。
オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

Page Top