押本龍一 ― 私の出会う光景 ― 第10回:ソルトン湖 Salton Sea(後編:時間がとまった空間)

ボンベイ・ビーチの住宅地の端をソルトン湖に向かい、まっすぐ伸びる道、アベニューAを進むと土手に突き当たり、道は直角に左に曲がって5thストリートになった。そのコーナーに車を停め土手に上がると、表面が干上がりひび割れた土地に、ピクニック・テーブルやショッピングカートが半分埋まっている光景が、晴天下に展開していた。辺りを見渡すと、そこは湖の水が浸入し、廃墟になった町の跡だった。土手を境にして、湖側が廃墟になっている。その反対側は、水の影響を受けず生き残った住宅地に見えるが、その中にも廃墟のような家が、土手の上から数件見える。ホコリっぽいストリートを数十メートル前に進むと、土手の切れ目から湖に近づけた。ソルトン湖の風景を眺めるのには、最適とは思えない場所に1台の車が停まり、車の中から中年の男がひとり湖を眺めている。若いカップルが私より数分遅れでこの場所に到着したが、何も見るものがないと判断したらしく、車から降りることもなく立ち去った。私が車から降り歩き出すと、湖を眺めていた男の車が静かに動き出し、この場所からいなくなった。時間が止まったような空間をしばらく歩き回っていると、マウンテンバイクに乗った20代前半の若者が現れ、何かを探し始めたようだった。使える物がこの廃墟に残されているのだろうか、周囲を見回すが何もないように見える。廃墟の風景は、まるで映画のセットのように私の眼に映り、意図的に取り壊さず残しているようにも見える。若者は、私の存在に気が付くと、「ハイ」と言って、風のように廃墟の中を通り抜け、その場から立ち去った。そのすばやい行動には無駄がなく、手馴れていた。私は、その若者が観光客ではないことを確信し、土手の向こうに住んで自由な暮らしをしているのだろうと勝手に憶測した。

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強い日差しで表面は乾燥し、ひび割れている。
足を踏み入れると少しもぐり、うまく歩けなかった。
その土の表面を切り取るように撮影。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC MACRO | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F11.0 | 焦点距離:33 mm

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水に浸った風景になる前はどんな人が住んでいたのだろうか。いつか取り壊して何もなくなるのだろうか。
そんなことを考えながら写真を撮った。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F8.0 | 焦点距離:24.2 mm

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流れ着いたようにも見える椅子は、いつまでここにあるのだろうか?
そんな私の気持ちを湖に託し、椅子を遠めから見て湖を大きく入れて撮影した。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/500秒 | 絞り:F5.6 | 焦点距離:110 mm

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昼間の強い日差しの下、廃墟に寂しさや空虚感というものは感じなかった。
ただ眩しかった。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/160秒 | 絞り:F9.0 | 焦点距離:24.2 mm

ボンベイ・ビーチまで、湖の東岸をユニオン・パシフィック鉄道と並行して走っていた州道111が、湖から少し離れはじめた辺りまで走ると、ニランド・マリーナ・ロード( Niland Marina Rd )という道のサインが目に入ってきた。私はその道を走り湖畔に向かった。荒涼とした風景の中を走る数マイルの道は、実際の距離より長く感じ、湖畔にたどり着くとそこにも時間が止まった光景があった。もう使われていないマリーナのボートランプに、鳥が集まり羽を休めている。数百メートル先に、陽の光が反射する数台のモーターホームが、周囲になにもない土地に停まっている。後日地図で調べてみるとインペリアル・カウンティー・パークとなっていたが、キャンピングカーが無料で泊まれる場所を紹介してあるサイトにも載っていたこの場所は、公園としての施設はもう機能していなかった。

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壊れた建物の中に入ると日陰はよく見えず、外の景色は眩しいだけの世界に見えた。
広角レンズで建物の暗部と明るい外を写すと、肉眼で見えないディテールが描写されていた。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA 10-20mm F3.5 EX DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/200秒 | 絞り:F10.0 | 焦点距離:12 mm

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鳥は孤立した場所を好むらしい。
不思議な空気に包まれた風景を傍観者の眼で撮影した。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/800秒 | 絞り:F5.6 | 焦点距離:200 mm

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壊れたボートランプに近づくと、鳥が飛び去った。
コンクリートの質感が、広角レンズによってシャープに描写され、使われていないマリーナの空気感が漂う。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA 10-20mm F3.5 EX DC HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F11.0 | 焦点距離:15 mm

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電信柱が規則正しく並んでいたが、電線は切れ、もう繋がり合っていない。
強い日差しが、塩分を含む白い地面から照り返す。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC MACRO | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F11.0 | 焦点距離:29 mm

州道111をさらに南下すると、ソルトン湖から離れて行き、小さな町ニランド (Niland) に到着する。私は最初に目に付いたレストランに入り、コーヒーを注文した。店の中は開けっ放しのドアと大きな窓から入り込む外の光が壁に反射し、小さな店内はとても明るい。数人いた客はみなサングラスをかけ、私もサングラスをはずさなかった。代金を先に払うためレジの前に立つと、カラフルな小さな山の写真が、レジの横に数枚重ねて置いてあった。その写真は売りもので、写っている山は、サルベーション・マウンテンと呼ばれ、実はソルトン湖に来ようと計画している最中にその山の存在を知り興味を持ったが、写真を見るまでその存在をすっかり忘れていた。店の若いメキシコ系の女性にその場所を尋ね、山と言うより小さな丘を見に行った。ニランドからメインストリートを経て東へ数マイル走ると、何もない砂漠地帯に色鮮やかな丘が存在していた。私は足を伸ばさなかったが、その丘の先には海軍基地の跡地で、建物のコンクリートの床であるSlabが残されていることからスラブ・シティー(Slab City)と呼ばれるコミュニティーがある。
冬の間、寒さを逃れモーターホームで訪れて長居をするスノーバード(Snowbird)と呼ばれる退職した年配者と、1年中この土地に住む人で、電気もガスも水道もない荒野に、数千人が集まるという。ニランドから州道111を南に走りソルトン湖からさらに離れて行くと農地が広がり、きちんと積んである干草が印象的だった。

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ニランドは小さなタウン。コンパクトカメラで、車から降りると即座に撮影した。

使用機材:SIGMA DP1s | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F11.0 | 焦点距離:16.6 mm

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砂漠地帯に赤いペイントが目に焼きつく。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/160秒 | 絞り:F11.0 | 焦点距離:24.2 mm

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サルベーション・マウンテンは色鮮で、見逃すことはない。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA 18-50mm F2.8 EX DC MACRO | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/160秒 | 絞り:F11.0 | 焦点距離:43 mm

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大きな農場に干草をよく見かけた。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/500秒 | 絞り:F5.6 | 焦点距離:118 mm

久し振りに大きな街を見た気がするブロウリー(Brawley)で、州道86を西へ行き北上する。湖の西を走る道から遠くにソルトン湖が見えはじめてから少し走ると、前方に車の長い列ができていた。ボーダー・パトロールの検問所だったが、車を停められることもなく通り過ぎ、ソルトン・シティーに到着する。湖に繋がりそうな道は、その名前を見ればすぐにわかった。岸辺に出たが、1950年代に栄えたマリーナの姿をそこに見ることはなかった。すぐ北にあるソルトン・シー・ビーチ・マリーナには、昼寝をしたくなるようなワラで囲まれた休憩所がいい感じだったが、人の影はそこにもなく、時間が止まり忘れさられた場所に思えた。
有名ゴルフ場がひしめくリゾート地パーム・スプリングス、独自の存在感を感じるフリー・コミュニティー、スラブ・シティー、生産性の高い農業地インペリアル・バレーと、興味深い周辺に囲まれている湖は、かつて栄えたマリーナは廃墟となり、州立保養地を訪れる人の数はそう多くはなさそうに見える。そして今、ソルトン湖は、大きな問題を抱えている。
ソルトン湖は、その水が流れ出す出口がなく、湖に流れ込んだ物はすべて湖に留まる。塩分を多く含む農業排水が湖に流れ込み、水は蒸発する以外に減りようがない。塩分を含んだ水が蒸発すると塩分が残り、湖の塩分濃度が高まる。その塩分濃度は太平洋より25パーセントほど高く年々増している。湖の塩分濃度が高まると魚が生存できない。魚が居なくなると鳥が居なくなる。
農業地開発のためにつくられた水路が壊れ、コロラド川の水が流れ込んで誕生した湖が、農業地から出る農業廃水によって苦しんでいる。

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ペリカンの群れ。一羽一羽にそのしぐさの違いを見つけるのは楽しい。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA APO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/400秒 | 絞り:F10.0 | 焦点距離:500 mm

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午後の日差しが眩しい廃墟になったマリーナ。
人影はなく風の音と鳥の鳴き声だけが聞こえた。
セピアにして、人の気配がない空気感を表現した。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/160秒 | 絞り:F11.0 | 焦点距離:24.2 mm

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風は西から東へ吹きぬけていた。
青い空を大きくフィッシュアイレンズで入れ込む。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA 10mm F2.8 EX DC FISHEYE HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/160秒 | 絞り:F11.0 | 焦点距離:10 mm

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ワラが日除けになっていて、テーブルもあり水も電気もきているが、人の姿を見かけない。
開放近くで撮影しモノクロ写真にして、ノスタルジックな雰囲気を表現した。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA 50mm F1.4 EX DG HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:モノクローム | シャッタースピード:1/2500秒 | 絞り:F2.0 | 焦点距離:50 mm

太陽が傾き、西に連なるサンタ・ロサ山脈(Santa Rosa Mountains)に影が強く出はじめる頃、私はソルトン湖州立保養地のビジターセンターを再び訪れてみた。湖は夕方の光で眩しく光り、釣り人はシルエットになり、船が港に戻って来る。

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傾きはじめた陽の光が山にコントラストをつけ、この辺りの環境を物語るトラックが通り過ぎる。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/500秒 | 絞り:F5.6 | 焦点距離:70 mm

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太陽光が反射した湖が眩しく、釣り人が良く見えなかったが、デジタルカメラは釣り人をしっかりと捉えていた。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA APO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/2000秒 | 絞り:F11.0 | 焦点距離:340 mm

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この日最後の陽の光が小さな港に射し込む。
夕方の光を受けた深みのある木の質感を写し出した写真を見ると、この場に戻った気になる。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F8.0 | 焦点距離:24.2 mm

山に囲まれた湖の日没は思ったより早かった。湖は夕陽に染まり、風が立てた小さな波が光り輝き、鳥はその水面を悠々と揺れて浮かぶ。

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山の向こうに沈む前の太陽に向かって撮影した。
逆光ではあるが、湖の表情もしっかりと写し出せた。

使用機材:SIGMA DP2 | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/125秒 | 絞り:F8.0 | 焦点距離:24.2 mm

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沈んでゆく太陽の光が湖に反射し、一本の光の道ように見えた。
その光の中に一羽のペリカンが泳いできた瞬間は、眩しくて直視できなかった。
望遠ズームレンズはシャープにこの瞬間を捉え、望遠効果も最大限に発揮された。

使用機材:SIGMA SD14 + SIGMA APO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSM | 露出モード:M-マニュアル露出 | ISO感度:50 | ホワイトバランス:晴れ | シャッタースピード:1/4000秒 | 絞り:F14.0 | 焦点距離:500 mm

自然と人為的な力が絡み合い生まれた湖。その数奇な運命の行き先を、鳥は知っているのだろうか。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ(X3F)を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。

押本 龍一
プロフィール

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。
84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、 広告写真スタジオで働き始める。
91年フォトグラファーとして独立。
95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。
エンターテインメント関係の撮影中心。
近年はライフワークである旅写真に力を入れている。
趣味は旅と山歩き。
オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

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