私が長年ライフワークとしてきたのは、世界で最も自然が過酷で、そこで人間が自然と共生している地域である。 ヒマラヤ、シベリア、アンデス、チベット、ニューギニア、ボルネオ、ガラパゴス……。 “秘境写真家”といわれて久しい、そんな私にとって何よりも求められるカメラやレンズは、いかなる自然条件、環境にも耐えられるかどうかということである。 恰好や性能は二の次だ。どんなに高性能の高額なレンズを持っていっても、要は撮影したい条件下で機能を果たさなければ、鉄の塊と同じで石塊より始末が悪い。 ヒマラヤでは標高4千〜5千メートルの土地、風速20メートルを超す砂塵の中での撮影だ。 シベリアではマイナス58度、体感温度は更に下まわる中での撮影だった。ボルネオの赤道直下の熱帯雨林では、スコールが襲い、湿度200%を遥かに超える中での撮影である。そんな過酷な条件下で、常に私の期待を裏切ることなく、安心して使用できたのはシグマのレンズ群であった。 特に愛用しているのが、24-60mm F2.8 EX DG レンズとAPO MACRO SUPER II 70-300mm F4-5.6 レンズだ。 実を言うと私はそもそも単焦点レンズ信奉者で、ズームレンズは一本も持っていなかったし、使用する気もなかった。 しかし、秘境といわれる地でレンズを何本も担いで幾日も取材を続けるというのは体力を相当消耗させるし、何よりもマイナス50度の世界や砂塵まじりの烈風の中ではレンズ交換は不可能なのである。そうかといって、何台ものカメラを首や肩にぶらさげていたのでは、自由な行動ができなくなる。それは命をも失いかねない。 電気もガスも電話も自動車もいわゆる文明のエネルギーも機器も何もない土地で、唯一信じられるのは己の身体のみである。己の頭と足で行動するしかないのである。 年齢とともに、体力の限界を悟り、一本のレンズで何本か分をカバーできる、ズームレンズを使ってみようと思ったのだ。そして出会ったのがシグマレンズだった。 正直言って最初は、私も大手カメラメーカー製のレンズ以外は信用していなかった。事実、それまで使用していたものは、全て大手カメラメーカー製のレンズである。 では何故、シグマレンズを使ってみようと思ったのかと言うと、偶然知り合ったシグマの役員の方の一言だった。その方は“山屋さん”言われる程、登山の好きな人だった。 「小松さん。私たちが何故、レンズ一本だけで勝負しているのか考えてみて下さい。」 その言葉を前に、私はただ、しばらく唸っているのみであった。 その後、取材旅行に一本、二本とシグマレンズを持っていく様になった。 70-300mm F4-5.6が、自然にレンズが伸びてしまうので、もっとバランス良く設計をし、全体を補強して欲しい。とか、24mm〜70mmレンズのリングの部分が伸びてきてしまうのを改良して欲しいだの、ずいぶんと注文をつけた。 しかし、その都度、私みたいな一写真家の声を真摯に受けとめてくれた。 そして、今は取材に行くカメラバッグの中のほとんどがコンパクトになったシグマレンズで占められる様になった。 私はオートや、ましてやデジタルカメラは使用していない。 機材は、旧体以前の全て手動式のカメラだ。だからレンズのピント合わせがし易いかどうかは決定的である。 この点でもシグマレンズは、ピント合わせに必要なリングの部分をきちんと確保していてくれている。 今年になってからもヒマラヤ、ネパールとニュージーランドで取材中に、カメラを持ったまま激しく転倒した。 カメラも傷がつくほどの衝撃を受けたが、その後の取材の中でもシグマレンズは充分活躍してくれた。 現在、私の創作表現活動にはシグマレンズは欠かせないものとなっており、私の眼の一部となっている。 2005年7月1日記す 写真家 小松 健一