押本龍一－私の出会う光景－第149回:茨城散策

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

茨城県大洗海岸の岩場に鳥居が建っている。海岸が真東を向いているので、鳥居越しの日の出を狙うカメラマンが集まるようだ。残念ながらこの朝、日の出時刻は雲に覆われたが、神秘的な光景に撮影意欲を駆り立てられたカメラマン達は熱心にシャッターを押し続けていた。

2月、帰国中の私は、馴染みの少なかった茨城県を友人Kと散策することにした。午前3時、埼玉県内のK宅を出て、茨城県東部の大洗海岸の大洗磯前神社（おおあらいいそさきじんじゃ）へ向かった。Kのドライブで海岸の駐車場に到着し、主祭神である大己貴命（おおなむちのみこと）が、国造りをするため降臨したといわれる岩場に建つ「神磯の鳥居（かみいそのとりい）」まで歩いた。まだ暗い砂浜には三脚を立てた７，８人のカメラマンが既に待機し、鳥居は想像していたより小さめで狭い砂浜から近くの岩の上に建っている。天気予報では晴れだったが、雲に覆われた東の水平線から太陽は顔を出さず、日の出時刻からしばらくして朝陽が差した。神社の公式サイトには、徳川光圀公が参拝した際この景観を称え、「あらいその岩にくだけて散る月を一つになしてかへる月かな」と詠み、宮司以下神職は神磯（鳥居が建つ岩）に降り立ち太平洋に昇る初日の出を奉拝するとあるから、昔から特別な海岸だったことに間違いないようだ。

水平線から昇る太陽は現れなかったが、冬の寒さを感じる光景は神聖に見える。

日の出時刻から1時間後、朝陽が差し海面が光り輝き鳥居がシルエットになった。海面より少し高い位置の歩道から撮影。

日の出を待ったカメラマン達が去った後、朝陽が差した海岸は爽やかな空気に満たされ、空を大きく取り入れて撮影。

海岸からは大洗海岸通りを渡り、海岸に向かって建つ第2の鳥居を潜って急な階段を登り社殿へ向かった。第1の鳥居は少し南の交差点で大洗海岸通りを跨いで建っている。かつて神社の境内は第1の鳥居からはじまり、今よりかなり大きかったようだ。階段を登り神門を潜ると朝陽をいっぱいに浴びた拝殿の前に出た。太陽が出てきてくれたお陰で、境内は幸せな雰囲気に包まれた。そして、朝のお勤めと言って良いのか分からないが、神職が集まってきて祝詞を上げ始め境内に活気が出てきた。

大洗海岸通りから第2の鳥居をしっかりとカメラをホールドし撮影した。等倍で見ると鳥居の金色の文字が実にシャープに写っている。

第2の鳥居を潜って急な階段を登り振り返る。大洗海岸通り沿いには幾つかの建物があり、神磯の鳥居が建つ岩場が見えないのは残念だが、輝く太平洋に感動。

朝陽を浴びた拝殿。暖かい空気感と共に切り取る。

正座した巫女さんの後ろ姿が見えた拝殿の廊下付近を縦位置で切り取る。巫女さんを柔らかく写したかったので、木目が美しい柱にフォーカスし絞りを開け気味にして撮影。

境内に梅の花が咲き、枝におみくじが付いていた。背景の拝殿のボケ具合を考えF値を決める。

日曜日の朝、晴れてきた境内は参拝客が増え活気が出てきた。輝く太平洋、鳥居、参拝客、境内を掃除する若者をひとつの画面に収めるには、高倍率ズームレンズが最適だった。

大洗磯前神社からは、茨城の観光スポットを調べると最初に出てくる袋田の滝（ふくろだのたき）へ向かう予定だったが、滝周辺のおもしろいスポットで探すと出てきた旧上岡小学校（うわおかしょうがっこう）へ先ず立ち寄ることにし、国道118号をゆっくりと北上した。畑が多いローカルな道といった感じの国道は、のどかな日本の風景が見られ、特に茨城と福島の県境に位置する八溝山（やみぞさん）を水源とし太平洋に注ぐ延長124㎞の久慈川沿いはのんびりとドライブするにはとてもいい道だった。

国道118号沿いにある水郡線（すいぐんせん）の中舟生駅（なかふにゅうえき）。周囲に畑が多い無人駅は、電車をのんびりと待ちたい気分にさせる。

中舟生駅の前に小さな木の鳥居と祠があった。その横にある桜が満開の時期は構図の取り方も変わってくるかもしれない。

旧上岡小学校は土・日・祝日のみ見学ができる。この日は日曜日で、校舎の前には数台の車とオートバイが停まっていた。映画やドラマ撮影や地元の文化活動に使用される木造建ての小学校は掃除も行き届き、若い人や外国人が来たら映画のセットのように感じるかもしれない。私の通った小学校は低学年までは全室木造建てだったので、小学生に戻ったような不思議な気持ちになって写真を撮った。

懐かしい木造建ての小学校の玄関付近を正面から切り取る。郷愁の念に駆られた画像は撮影時からセピア調に仕上げようと思っていた。

玄関横の郵便ポストの周りには数日前に降った雪が残っていた。明るい部分と暗い部分の質感をバランスよく描写出来た。

暖かい午後の光が差し込む音楽室。いいアクセントになっていた破れた太鼓が活きるアングルから撮影。

小学生の時、とても大きく感じた講堂。私の記憶する日本の小学校の空気感がここあった。

昔の小学校に必ずと言っていいほど見かけた二宮尊徳像。児童が真似をして本を読みながら歩くと交通事故に遭う危険があるので、最近はなくなりつつあると聞くが本当だろうか。

旧上岡小学校は予定より長居をしたが、久慈川支流の滝川上流にある袋田の滝に到着した時刻は、午後の強い光がまだ残っていた。寒い冬の日には滝が凍結する「氷爆」で有名だが、今年は暖冬でこの日は全く凍っていないことは、観光局に電話を入れていたので分かっていた。氷爆しなくて立派な滝であることは間違いない。しかし、氷爆した写真を見せられ、夜はライトアップもされ大規模な展望台等の施設を考えると、冬はやはり凍結して欲しいと願い人は多いだろう。なお、滝の凍結状況は茨城県の観光公式サイトで知ることができる。

高さ120m、幅73m。2012年には6年ぶりに完全凍結し、氷壁に挑むアイスクライマーの姿も見ることができたと公式ページにある。氷爆がなくても来る価値はあったが、やはり凍結した滝を見たかった。

凍らなくても立派な滝。流れ落ちる水は見ていて飽きない。

失いつつある西陽を浴びて小さな虹が出た。

凍結しなかった袋田の滝からは北上して来た道を引き返し、大洗磯前神社の南西に位置する涸沼（ひぬま）に向かった。面積9.3km²の涸沼北岸に到着すると日没は迫っていた。湖岸から1隻のボートが出て行った後、写真を撮る私に老婆が近寄って来て少し話をした。湖へ出て行ったのは老婆の夫のようで、ボートは白魚を捕る網を仕掛けに行き、捕れるかどうかは分からないと言う。「ここからは小山が邪魔で見えないけど、向こうに行くと筑波山が見えるよ」と教えてくれたが、涸沼と夕陽がきれいなのでここに留まることを告げると、「いい写真撮って下さい」と言って老婆は家の方へ戻っていった。

涸沼の北岸に到着すると西に沈む太陽で湖面が輝いていた。

1隻のボートが西に沈むオレンジ色の陽光に染まっていた。周辺の漁業道具もバランスよく入れ、静かで平和な空気感も同時にカメラに収めたかった。

かなりの高齢に見えた漁師は、陽光に染まるボートに素早く乗り込みエンジンを吹かして大きな湖へ消えた。

湖岸にある丘の森へ沈んでゆく太陽。高倍率なズームレンズで変わりゆく夕暮れの光景を逃さず捉えることができた。

当初、大洗海岸で日の出を撮り午前中は海岸周辺をゆっくりと散策し、午後から涸沼で過ごして日没を迎えることを計画したが、馴染みの少なかった茨城県を少しでも多く見ようと、旧上岡小学校と袋田の滝まで北上し少し欲張って動きすぎたかもしれないが、出会った光景はそれぞれに特徴があり違う時季に訪れてみたくなる魅力のある地域だった。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。