押本龍一－私の出会う光景－第79回：ジャラマ・ビーチ（Jalama Beach）へ

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

世間の雑踏から隔離されている砂浜に来ると若い女性がピクニックテーブルに座り、テーブルの下には2匹の犬が座っていた。メインロードから22km、一番近い町までは30km以上も離れているカリフォルニア州サンタバーバラ・カウンティーにあるジャラマ・ビーチは、ネットも携帯電話も繋がらない。

春の朝、カリフォルニア州サンタバーバラから海岸線を50kmほど西へ走り、海岸線から離れて内陸部を北上し、トンネルを通り抜けて上り坂の途中でハイウェイを出る。ステート・ルート1（PCH）を北西に約22km走ると、ジャラマ・ビーチに繋がる道（Jalama Beach Road）に入った。道はくねくねと曲がりながら上り、朝陽を浴びた丘陵地帯が美しく空気は澄み渡っている。

PCHからJalama Beach Roadに入ってすぐの道沿いで見かけたサインは、14マイル（22km）先のビーチの空き情報が掲示される仕組みになっていた。

超広角ズームレンズで大きな納屋周辺を大きく写しこむと、清々しい朝の空気もセンサーに捉えられていた。

牛が放牧されている緩やかな丘陵を上っていく。

道は海岸に近づくにつれ少しずつ下り、海が見えはじめて少し走ると、朝陽を受けたRV車が目立つジャラマ・ビーチと青い太平洋が見下ろせるポイントに出た。道はいったんジャラマ・ビーチから遠ざかるように海岸線を約1km南に下り、線路を渡り海岸線を北上しカウンティー・パークであるジャラマ・ビーチに到着した。

太平洋とジャラマ・ビーチを見下ろす。

線路際に咲くBush Sunflower（ブッシュ・サンフラワ－）とジャラマ・ビーチ。

踏み切りに近づくと警報音が鳴ったので路肩に車を停め、海岸線を走る列車（Pacific Surfliner）が踏み切りを通り過ぎる光景を撮影。

踏み切り付近からジャラマ・ビーチ北の海岸線を見る。

3月の土曜日の朝、カウンティー・パークは、キャンプをする人、釣り人、サーファーで賑わっていた。私は一日の公園使用料10ドルを払い、車を駐車場に停めビーチに出た。強い風が吹きテントを飛ばされる人も多いと聞くビーチは、風はなく海は穏やかだった。すれ違ったサーファーの若者が、「今日の波は今一だなー、数日前のほうが良かった」と言っていたが、これから砂浜を歩く私には有り難い天候だった。
満潮の時刻から1時間半が過ぎていたカウンティー・パークから、カメラバックを背負い砂浜を南に歩き出す。パークレンジャーの言葉通りはじめの2kmぐらいは歩きやすかったが、その後岩場が続き海水は海岸の崖近くまで押し寄せ、景色を眺め油断をした隙に膝まで海水を浴びてしまい靴は海水に浸かった。幸いカメラは無事だったが、足の指の皮はふやけてしまった。
ジャラマ・ビーチから8km南のコンセプション岬まで海岸線は西に面しているが、岬で海岸線は直角に曲がり、岬から先の海岸線はしばらく南に面している。北からカリフォルニア沿岸に沿って流れてきた冷たいカリフォルニア海流は、コンセプション岬付近で沿岸から離れ南へ流れていき（海流の一部は逆流し、暖かい海流となり沿岸沿いを北に向かう）、岬南東の沿岸に点在する島々によって暖水塊（暖かい海水のかたまり）ができ、岬の南側の海水温度は北側の海水温度よりだいぶ暖かい。

カウンティー・パークのトイレが青い空と海に良く似合っていた。

ジャラマ・ビーチの南端。この辺りは歩きやすかった。

砂浜に小さなBeach Flea（ハマトビムシ）がたくさん飛び跳ねていたが、大きなものはあまり跳ねず近づくと砂に潜ろうとした。多くは数mm程度の小さな虫にクローズアップレンズをつけて撮影すると、肉眼では見えなかった小さな世界が見えていた。

海岸の崖にPelagic Cormorant（ヒメウ）の群れを見た。足場の悪い岩場に立ち、押し寄せる波に気をつけながらファインダーを覗きシャッターを押す。

花が咲く崖を見上げる。

海岸で南の方から戻って来たカップルにすれ違った。「コンセプション岬まで行ったのですか？」と尋ねると、「潮が満ちていて途中までしか行けませんでした。これから潮がどんどん引いてくるから今からなら行けるはずですよ」と言う。「岬の上に行くには私有地を通らないと行けないのでは？」と訊くと、「もし見つかって多少の罰金を払うことになっても岬に建つ灯台を見れるなら価値があるかもしれませんね、行く人も多いみたいですよ」と男性は言った。ジャラマ・ビーチ周辺は私有地に囲まれ、岬に行くには私有地に入らなければならない。「ビーチはいいけど、崖の上に登ると問題になるよ」とパークレンジャーに忠告されたが、私は問題を起こしてまで岬の上に行くつもりは歩き始める前からなかった。
カップルに会ってからしばらく歩くと、鳥とは違う奇妙な動物の鳴き声が聞こえてきた。海岸を見回すと1頭のアザラシが砂浜にいた。さらに南へ歩いて行くと黒いタールで黒くなった岩場に出る。南カリフォルニアのビーチを素足で歩くと黒いタールがつくことが多い。アメリカ政府のミネラル・マネージメント・サービスによると、タールは自然環境の一部で、カリフォルニアの海岸線には特に多いという。
ジャラマ・ビーチを出て3時間ほど歩くと海岸の景色を十分味わったので、私はビーチへ引き返すことにした。ジャラマ・ビーチに戻ると、潮が引いて大きくなった砂浜には大勢の人の姿があった。

近寄ってみると怖がる様子もなく、離れて行く私を目で追っていたアザラシはまだ子供のようだった。

ゴミをほとんど見かけない海岸で、黒いタールがこびりついた岩場にプラスチック・ボトルが光っていた。

潮が引いてきた岩場からコンセプション岬方向を見る。私はこの岩場から引き返した。

潮が引いて見えてきた岩にはたくさんの貝が付いていた。貝のほとんどは、Sea mussel (貽貝）だと思われる。

ジャラマ・ビーチ近くの崖の上に立つ十字架にも見える木製の建物に黒いカラスが飛んで来てしばらく留まっていた。

ジャラマ・クリークが太平洋に流れ込んでいる。潮が満ちてくるとこの辺りも海水に満たされる。

ジャラマ・ビーチに戻り遅いランチを取った後、コンセプション岬の東に向いビーチを後にした。穏やかな丘陵地帯を走り抜けてハイウェイに入ると南へ下る。ハイウェイを出て岬の東側の海岸線まで来ると辺り一面に黄色いワイルドマスタードが咲いていた。海岸線の道を西へ少し走ると、「立ち入り禁止」のサインが立っている。地図で見ると道は西のコンセプション岬の方に続いている。私有地に入るゲートは開いていたが、それ以上進む気はなく引き返しはじめると、ジャラマ・ビーチからコンセプション岬を経て走ってきた列車が海岸線に敷かれた線路の上を通過して行った。

ジャラマ・ビーチ・カウンティー・パーク近くの道沿いに駐車禁止のサインを所々に見かけたが、大きな太平洋が一望できる道沿いに車を停める人は多く、駐車禁止のサインは長時間車を停めないための警告のように思われる。

今年は開花が遅いと聞いていたカリフォルニア・ポピーが、丘陵地帯に咲いていた。

コンセプション岬の東側の海岸線。くねくねと曲がった道を西に向って行くと、私有地のため先には進めなかった。

ジャラマ・ビーチからコンセプション岬を経て走ってきた列車を、大口径望遠ズームレンズをしっかりとホールドして追う。

国の歴史登録財（National Register of Historic Places）に指定されている灯台（Point Conception Light）が建つコンセプション岬までは、2つの牧場主によってパブリック・アクセスが禁じられ、列車（Amtrak）に乗る以外、法を犯さずに岬周辺の陸地に行くことはできないようだ。カリフォルニア州の法律では満ち潮時に海水が押し寄せるライン（高潮海岸線）までのアクセスは認められているが、ジャラマ・ビーチの北の海岸はヴァンデンバーグ空軍基地（Vandenberg Air Force Base）によって、海岸にいるだけで立ち退きを要求されることが多いと聞く。太平洋に向い南西に突き出したコンセプション岬は、先住民族であるチュマシュ族にとって聖地で、死んだ人の魂が天上の楽園へ旅立つ西の入り口と考えた。美しい岬へ自由に立ち入れることを望む人は多く、私もその1人となった。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。