押本龍一－私の出会う光景－第61回：アリゾナ州西部からローカルな道を北上する

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

アリゾナ州西部ラパスカウンティー（La Paz County）のタウン、サローメ（Salome）に来ると、抜けるような青空を背景に、1本の白い鉄の棒が遠くから見えた。近寄ると長い角に迫力を感じるカウスカル（牛の頭蓋骨）が、白い鉄の棒にしっかりと取り付けられている。強い陽射しに輝くアメリカンウエストの光景に、私は正面からレンズを向けた。

LAからインターステーツ・フリーウェイ10（I-10）を東へ行きコロラド川を越え、アリゾナ州に入ってから30マイル（48km）ほど走るとフリーウェイを出て、州道60を北東へ向う。用もないのに走ることはまずないと思う道を走ると、荒涼とした砂漠地帯に大きなRVキャンプ場がいくつも見えてくる。この地域は、冬の間、寒さから逃れて訪れる人々で賑わうRVキャンプの人気スポットであることを私は知らなかった。5月下旬、すでに夏を感じはじめたこの日も大小様々のキャンピングカーが何台も停まり、ピーク時の冬の賑わいが想像できる。

まだ朝の空気が漂う5月下旬の西部アリゾナ、RVキャンプ場前の広々とした空き地。バスケットボール・ゴールの影が長く伸びていた。膝を地面につけ、低いアングルから超広角ズームレンズで撮影。

まだナンバープレートがしっかりと付いている古い車が、州道60沿いのフェンスのない敷地に置かれていた。大口径標準レンズを車の後方に向けると、かつてこの車を運転していたドライバーの後姿が見えるような気がする。

小さなタウン、サローメに来ると、中心部は生活の匂いを感じる建物が並ぶ。しかし、タウンの中心部から少し離れると、持ち主に捨て去られたようなもう使われていない建物を目にする。

使われていない白い建物とサワロサボテン。外付けフラッシュ（EF-610 DG SUPER）をフルで発光し、強い陽射で影になった部分を描写。

サローメの中心部を走る州道60から400mほど北に行くと、もう使用されていないタンクが荒地に傾き、まるで展示されているかのように存在している。大口径望遠ズームレンズを手にして大胆に光景を切りとり、味わい深いタンク表面の錆びを強調。

海抜1,873ft（571m）のタウンの中心部から南東に走りると小高い山が見え始める。北に向かい丘を上って少し走って行くと、小さなゴルフ場付きのRVキャンプ場を見つける。気温もかなり上がり、ゴルフ場でプレイする人はいない。私は、ゴルフ場の屋根付きのテーブルで持参したランチを取った後、岩がごろごろ転がる山の斜面を登った。額から汗が流れ落ち、あまり長くは歩けないと体が教える。

ティーグランドとグリーン以外は芝が生えていないゴルフ場に、この時人影はなかった。前後にプレイをする人がいないゴルフ場は魅力的だが、強い陽射しの下では過酷かもしれない。

大小様々の岩が転がる山に登り、辺りを見渡す。SalomeのSが、右奥に見える山の斜面に描かれている。

立派なサワロサボテンが山の斜面に生息し、白い花が咲いていた。モノクロームをアンダー気味にすると、白い花と後方のSの白い文字が浮かび上がった。強い陽射しの下では、影の部分はただ黒く見え、白い花と文字だけが目に焼きつく。

カリフォルニアとの州境に近いタウン、クオーツサイト（Quartzite）は石で有名だが、サローメの小高い山腹にもきれいな石を見かけた。石の知識がない私には、価値のある石かどうか分からなかったが、中望遠マクロレンズを美しいと感じた石にフォーカスする。

入り口のドアの色と空の色がマッチしていた小さな教会。中には入れなかったが、平和な気持ちになった。

タウンの中心に戻り、再び州道60を北東方向に向けて走り出すと、営業しているのかよく見ないと分からない素朴なモーテルが建ち並んでいる。

サローメから州道60を東北東に約27マイル（43km）走り、人口798人（2010年度時）のタウン、アギーラ（Aguila）に到着する。ガソリンスタンドに立ち寄る以外、普通は通り過ぎてしまうタウンを歩くようにゆっくりと走ると、店の軒下に2人の老人の姿を見かけた。2人の老人は私を眺めているので、私は手を上げ、車を店の前に停めた。車から出て、老人に話しかけたが英語が通じない。老人がスペイン語で、「この先に中国人が経営する店があるよ」と、言ったように聞こえた。私が、「グラシャス」と返えすと、老人は満足そうな笑みを浮かべた。アギーラ周辺は、マスクメロンの一種であるカンタループ（Cantaloupe）の栽培が盛んだと、後日見つけた資料にあったが、老人も昔はカンタループ栽培の仕事をしていたのかもしれない。

「写真を！」と声をかけると、ポーズをつける老人。周囲の光が眼鏡に反射し、老人の目がよく見えなかった。焦らずゆっくりと生きる老人が写る写真をセピア調に仕上げた。

州道60と並行して走る貨物列車が、アギーラに停車していた。強い陽射しの下、帽子も被らない女性が歩いていた。

中国人が経営する店を探す気のない私は、アギーラから州道70を北東に行き、3,045ft（928m）のタウン、コングレス（Congress）を過ぎるとすぐに出合う州道89を北東に走った。道はくねくねと曲がりながら山を上り、標高4,780ft（1,457m）のタウン、ヤーネル（Yarnell）を超え、牧場が広がる広い平野（Peeples Valley）に出た。

カウボーイハットが良く似合う老人と出会ったアギーラから州道70を行くと、白いユッカの花がまだ咲いていた。私は路肩に車を寄せて、ユッカの花を眺めながらしばらく車の中で休憩をした。

ピープルズバレーに、いくつもの牧場を見た。鼻筋が白い黒い馬にレンズを向けると、ポーズをつけたような動きをして私の方を見た。馬のことは分からないが、西日を受けて黒光りした馬は、私の目にはいい馬に見えた。

白い花（White prickly poppy）が、風に揺れていた。

よく整備された州道89を北上すると大きな街、プレスコット（Prescott）に到着する。のんびりとしたローカルな道をゆっくりと走るつもりだったので、街には寄らずさらに北上し、美しい岩山に囲まれたワトソン湖（Watson Lake）に立ち寄る。

西に傾いた陽が差し込む湖面は、海抜5,100ft（1,600m）。オオクチバス（largemouth bass）、スズキ科の魚クラッピー（crappie）、ナマズ（catfish）、ブルーギル（bluegill）、マンボウ（sunfish）が釣れる。

湖には数百種類の鳥が見られ、餌をさがしているアオサギ（Grey Heron）が、ゆっくりと2本の足で前に動いていた。大口径望遠ズームレンズを最長に伸ばして捉えた写真には、鳥の体の質感がリアルに描写されていた。

ワトソン湖からは州道89をインターステーツ・フリーウェイ40（I-40）まで一気に北上してフリーウェイを西へ少し走り、フリーウェイから出て何度か走ったことがあるルート66沿いのモーテルにこの夜宿泊した。前日まで多かった旅行者は家路につき、メモリアルデーのこの夜、どこのモーテルにも空き室があった。時より貨物列車の走る音が部屋の壁を通して聞えてきただけで、宿泊したモーテルはとても静かだった。翌朝、日の出前にモーテルを出た。

朝5時にモーテルの部屋から外に出てみると東の空はもう明るく、この日も快晴は間違いなかった。

モーテルの部屋から聞えてきた貨物列車が、ルート66と並行して走っている。

東の地平線から陽が昇ると、明け方はジャケットが必要だった砂漠地帯の気温は急激に上がった。気軽に車を路肩に停めて、周囲を散策できるローカルな道を目的地も持たずに走る。そんな気ままなひとり旅の楽しさを、アリゾナの大地を眺めながら感じていた。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。