押本龍一－私の出会う光景－第51回：トローナ（Trona）へ

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

岩の上から一組のカップルが砂漠を見渡していた。1967年に「ナショナル・ナチュラル・ランドマーク」に指定された大小500個以上のトゥファ・ピナクルズ（Tufa pinnacles）が聳え立つトローナ・ピナクルズ（Trona Pinnacles）は、カリフォルニア州の小さなタウン、トローナ（Trona）から10マイル（16 km）南の砂漠に位置している。（Tufaは石灰華、Pinnacleは尖塔の意）

リッジクレストからステート・ハイウェイ178を東へ走り、トローナ・ロードがつくるT字路で、乱暴に車を停め写真を撮っていると、数台のトラックが通り過ぎ、1台のハイウェイ・ポリスカーが私を見ながら東へ走って行った。間もなくすると、東から走って来た1台のピックアップトラックが目の前に停まり、「今日は朝から運がなくて」と始まり、「この先のトローナで仕事の面接をした帰りに財布を落とし、もうガソリンも空で、ハイウェイ・ポリスにも相手にしてもらえなくて」と、男は畳み掛けるような早口で話し、エンジンキーを回しエンジンがスタートしないことをアピールする。「仕事中なんで、助けられないよ」と私が言うと、「邪魔して済みませーん」と軽い口調で言い残し、ガソリンがないはずのトラックのアクセルを思いっきり踏み込み、あっという間に西へ消えた。デスバレー国立公園へ向う車も多いステート・ハイウェイ沿いで、男の目に、私は人のよさそうな観光客に見えたようだ。

アスファルトの路面に車からこぼれたオイルがこびり付いていたT字路。

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州道をさらに東へ進むと、錆びついた太いパイプが道の脇に見える。この先のトローナから伸びてきているのだろうか？と思いながらパイプの側に近づく。少し進んだ道の反対車線側には、パイプと全く違う雰囲気を感じる存在が朝の太陽に輝き、目の中に入りこんでくる。石の土台から細い鉄でできたフレームがしっかりと立っている。このハイウェイで亡くなった人に捧げた小さなメモリアル・モニュメントらしかった。私は日本式に手を合わせて、その場を去った。

激しく変化してきた地表を背景に、錆びた鉄のパイプが朝陽に輝き、この地と共に生きてきた人間の足跡も感じる光景だった。

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石の土台には、花の咲いた鉢植えが供えられ、去年のクリスマスにぶら下げたと思われるサンタクロースの赤い靴下はまだ新しく、ほこりもかぶっていなかった。

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ハイウェイ178からはダート道のピナクル・ロードに入り、奇妙な岩の群れ、トローナ・ピナクルズに向う。少し走りると、尖がったいくつもの岩の群れが遠くにかすんで見えてきた。

広大な土地では距離感がつかめない。ここから5マイル（8 km）のサインがなければ、もう少し近くに思えたトローナ・ピナクルズ。

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数々の映画やテレビコマーシャルが撮影され、1万年から10万年前に湖の底から突起し、大きいもので高さ140 feet（43m）にもなる岩の塔の間を歩くようにゆっくりと進むと、大きな岩山の前に1台のミニバンが停まっていた。顔中に白いひげをたくわえ黒いハットを被った男が、ほこりをかぶったミニバンの窓ガラスをペーパータオルで拭いている。私の目には効果的な労働として映らなかった。私は車を停めて彼に近づき挨拶をした。彼はチャーリーと名乗った。ここには１週間ぐらい寝泊りしていて「心配、恐れ、何もないさ」と、「ひとりで夜は怖くないですか？」と訊いた私に言った。「１曲聴かせるよ」、彼はギターをバンから取り出した。「ひとりで旅に出るときだと感じても　どこに行っていいのかよくわからないなら　心の声を聴くときかもしれないよ」と、彼が作詞作曲した曲を歌い出した。乾燥した空気の中で、ギターの音色と彼の声がクリヤーに私の耳に届いた。歌い終えるとパソコンに入っているたくさんの写真見せてくれ、数日前の満月の夜に撮った写真はとてもきれいだった。そして、「自分を大切にするまで、誰も愛せないよ」と彼は言い、愛読書を私に手渡した。

砂漠に突起したトゥファがユニークな景色をつくりだすトゥファ・ピナクルズ。大きな岩山の前に１台のバンが停まっていた。数千年前まで湖の底だった地に立ち、魚眼レンズで空を大きく入れて写す。

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眩しい太陽の光りをカットしながら大きな風景の中でギターのチューニング。コンパクトな高倍率ズームレンズで素早くズーミングし背景を大きく入れ、撮る気のなかった瞬間をスナップする。

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思いがけず長く留まった場所から移動し、でこぼこ道を進むと道が二つに分かれ、走りやすそうな道のほうに入ると車高の低い乗用車は、あっという間に砂地に埋まってしまった。繋がりの悪い携帯電話で連絡したロードサービス、トリプルエー（AAA）は、道路から離れすぎていてサービスが不可能で、代わりにローカルのサービスを紹介してもらう。暑くもない寒くもない昼過ぎの冬の砂漠、岩の上で待つこと１時間半、背の高い初老の男性と20代前半の若者が乗った車高の高い4WDが砂煙を上げて現れた。車は簡単に砂から助け出された。濃いサングラスをかけた初老の男性は、「よくあることだよ、冬でよかったね」と笑った。

車が砂にはまって動けなくなり助けを待つ間、不思議な風景に大口径標準レンズを向け、何も考えずただシャッターを押す。X3 fill Light下げ、ソフターをかけたような独自な効果を出すと、呆然と辺りを眺めていた私の心模様がよみがえる。

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別れを告げたチャーリーの前を再び通り、トローナ・ピナクルズの入り口付近まで来ると、もうしばらくこの地に留まりたくなる。この日、東へ行く計画を変更し、湯を沸かしランチの支度をし日没まで不思議な岩の塔の群れで過そうと決める。

冬の砂漠に色は少ない。枯れたように見える植物が白く輝いて見えた。大口径中望遠マクロレンズで、植物にフォーカスし背景をぼかす。

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トローナ・ピナクルズには、トイレがひとつ建っている。トイレの塀からトゥファを見ると、絵画を見ているようだった。

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まだ午後4時前だったが、山に囲まれた冬のトローナ・ピナクルズの一日は終わりに近づいていた。遠くに見える白いサールズ湖も夕陽に染まる。

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傾いた陽の光りは、炭酸カルシウム（Calcium Carbonate）の岩をドラマチックに描写する。トローナ・ピナクルズをモノクロームにすると、光と影がつくりだす世界が強調された。

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トゥファ・タワーの影が長く伸びる。

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夕陽の染まるトローナ・ピナクルズ。

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予定を変更した私は、前夜宿泊したリッジクレストの同じモーテルにこの夜も宿泊し、翌朝、暗いうちにモーテルを出る。前日走った暗いダート道を不安なく走り、トローナ・ピナクルズに到着すると、チャーリーのミニバンはどこにもなかった。

少し雲がかかった西の空に、月が沈んでゆく。

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この朝、東の空には雲がかかっていて、鮮やかな日の出にはならなかった。

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陽が昇ると、誰もいないトローナ・ピナクルズを後にした。ハイウェイへ戻るダート道のピナクルロードを走ると、雲がかかった東の空から柔らかい陽の光が差し始めた。

大雨によって水が流れる涸れ川（Dry Wash）に、柔らかい朝陽が差し込む。

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1913年から1914年にかけて敷かれたトローナ鉄道（The Trona Railway）の線路を点検する作業員。

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トローナにあるミネラル精製工場から南のサールズ（Searles）までの区間約30マイル（48 km）を繋ぐ線路。サールズで、ユニオン・パシフィック鉄道の連結している。

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ステート・ハイウェイ178に戻ると、シェラネバダ山脈からの雪解け水がデスバレーへ流れ込む途中、氷河湖として繋がっていたこの辺りに溜まり、水が蒸発してできた干上がったサールズ湖の西岸を走り、トローナに到着する。タウンは、蒸発残留岩鉱物（Evaporite Mineral）である重炭酸ソーダ石（Trona）にちなんで名付けられた。鉱業会社が、従業員の利益のために運営するユニークな自己完結型の町として1913年に設立されたトローナは、サールズ乾燥湖周辺で、豊かな化学鉱床（Chemical Deposit）を含有する天然資源を開発してきた。

洗車場跡だろうか？背景はサールズ乾燥湖。今のタウンは、半分ゴーストタウンのような雰囲気もする。

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私は、トローナで見たハイウェイ沿いの唯一のレストランに入った。テーブルの数からすると、店内は必要以上に広かった。コーヒーを注文すると、店主はコーヒーを沸かしはじめた。もうすぐ９時になろうとしていたが、私がこの日最初の客のようだった。

掘ればどこからでも温泉が湧き出そうな気がする土地だが、タウンに温泉があるとは聞かなかった。殺風景な景色にピンク色のバスタブが目を引き、大口径標準レンズを向ける。

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テイクアウトしたコーヒーを飲みながらタウンから離れて行くと、壊れかかったベンチをハイウェイ沿いに見かける。ベンチの後ろにはさほど高くない木が立ち、木のまわりは線路の枕木のような柵で三辺を囲まれている。

かつてバス・ストップだったような雰囲気もするベンチ。背景の山には、トローナのTの字が見える。

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路肩に車を停めてカメラを構えていると１台のピックアップトラックが停まった。「アーユーオールライト ?」タバコをふかした７０歳近くに見える女性が、ガラガラ声で話しかけてくる。トローナにはガソリンスタンドがないから、多くの車がこの辺でガス欠になるので心配をしてくれたのだった。「ガソリンは沢山入っていますよ、ありがとう」と言うと、「それはよかった。いい旅を！」と言って走り去った。
私は、かつて巨大な湖だったが、今は砂漠となった地をさらに北東へ走った。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。