押本龍一－私の出会う光景－第41回：ユタ州、シーニック・バイウェイ12（Utah Scenic Byway 12）後編

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。 91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

ユタ州南部の町、エスカランテ（Escalante）から東へ少し走り、エスカランテ・キャニオンを見渡す。スリックロック（Slickrock）と呼ばれる滑らかな岩がどこまでも続き、広大な景色の中にシーニック・バイウェイ12が見える。

全長124マイル（200 km）のシーニック・バイウェイ12を西から東へ走って来た私は、バイウェイのちょうど中間地点の町エスカランテのモーテルに宿泊した。標高5,820 ft (1,774 m)の乾燥した土地での真夏の夜、気温は下がり、冷房を付けずに熟睡する。翌朝、カーテンから漏れる朝陽で目を覚まし東に向いたドアを開け外に出ると、強い日差しが私の顔を直撃した。私は日焼け止めクリームを顔にたっぷりと塗り、モーテルを出た。バイウェイ12を東へ10マイル（16 km）ほど走ると道は右に曲がり下り坂になった。下り坂は左に2度ほぼ直角に曲がると、今度は右へ大きく曲がり少し上った後、北東へ真っ直ぐに進んだ。

ランニングトラックを一周するように下り、右へ曲がるバイウェイ。
超広角ズームレンズで、青い空を背景にしたカラフルな岩と共に大きくカメラに収める。

丘を上がっては下る直線の道。強い日差しの照り返しが強烈な道に立ち、高倍率超望遠ズームレンズを長く伸ばして撮影。屈折した光がつくりだすゆらゆらと揺れる光景に、1億7千年前は砂丘だった地にゆっくりと流れた時を感じる。

大きなカーブからスリックロックが続く4マイル（6.4 km）ほど北東に走ると、バイウェイはエスカランテ川を横切った。春には川幅が増大して激しい濁流が流れることがある川沿いは、草木が茂り赤い岩の壁が迫っていた。川沿いのトレール・ヘッドには数台の車が停まっていたが、木陰に隠れながら歩く川沿いに人の姿は見なかった。

川沿いの木陰で一休みしていると川に入りたくなった。深いところでも膝までの浅い川に入ると、汗をかいた背中まで冷やされるようだった。川に三脚を立て、スローシャッターで川の流れを表現。

エスカランテ川を超えると、少しの間赤い岩の壁に囲まれる。
岩の壁には、圧迫感ではなくガードされているような安心感を感じた。

道沿いで見かけた白い花（Sacred Datura）は、暑さのせいか元気がなかったが、赤い岩に囲まれた景色の中では目を惹いた。

さらに北へ走るとホッグバック（Hogback）呼ばれる豚の背のように丸みを帯びた山の尾根に出る。

スリックロックの狭い尾根（The Hogback）から曲がりくねったクリークとキャニオンを見下ろす。
ヒロハハコヤナギ（cottonwood）が、乾燥した土地にアクセントを付ける。

道は少しずつ下りながら、小さなタウン、ボルダー（Boulder）に到着する。1935年から始まった5年間の工事により、ボルダーとエスカランテ間約26マイル（42 km）に車道が開通するまで、ラスト・フロンティアと知られ孤立していたタウンの名前は、バイウェイの西に位置するボルダー山脈の斜面に散らばる火山石に因んでいる。（Boulderは、風雨・河水・氷河などの作用で丸くなった大石の意）

シーニック・バイウェイ12沿いに建つ小さなミュージアム（Anasazi State Park Museum）は、この地を訪れるほとんど人が見逃さない。建物の裏庭には、西暦1050年から1175年の間にこの土地に住んでいたと考えられている古代プエブロ人（Puebloan）の家が復元されていたが、今は何もない実際の住居跡に転がる火山石に惹かれ、レンズを向ける。古代プエブロ人はこの石に座ったかもしれない。

標高6,703 ft (2,043 m)のボルダーは、つい最近まで孤立していた。この地に住むには、家畜を飼い畑を耕すことは必然だった。今現在は使われていない家畜を飼うための囲いを見ていると、家畜の声が聞こえてきそうだった。

ボルダーからバイウェイを北に走ると上り坂になり、標高9,800 ft（2,987 m）まで上った。世界で最も標高の高い高山森林のひとつとガイドブックに紹介されている通り、周辺にはアメリカヤマナラシ（Quaking Aspen）の森が茂っていた。

アメリカヤマナラシ（Quaking Aspen）の森を超えると草原が広がり、遠くにマゼンタ色したウォーターポケット褶曲（Waterpocket Fold）と呼ばれるキャピトル・リーフ国立公園に保護された隆起した地形が見える。

高山森林には松の木に囲まれたキャンプ場があり、人が少ない高地にテントを張ろうか迷ったが、私はバイウェイを北上し、高山森林地帯を下った。標高は6,837 ft（2,084 m）まで下がり、州道24号に突き当たった。州道24号を東へ走り、西からシーニック・バイウェイ12を走って来ると、最後の大きなアトラクションである1971年に国立公園に制定されたキャピタル・リーフ国立公園（Capitol Reef）内に入る。標高の高い緑の世界から赤い岩の世界へ下りて来た私は、公園内のビジターセンター近くのキャンプ場にテントを張り、日没までフルータ・ヒストリック・ディストリクト（Fruita Historic District）と呼ばれる地区を散策した。フルータは、19世紀の後半、入植者がつくった果樹園（Fruit Orchards）に因んでいて、今でも桃、アプリコット、プラム、梨、りんごが栽培されている。

キャンプ場のすぐそばに建つ19世紀の入植者の復元されたファーム・ハウス。
大きな岩の壁にガードされ、川が流れ、草木が豊かな土地。

1896年にモルモン教徒によって建てられた学校が復元されている。周囲の岩が映りこむ窓ガラス越しに、1部屋だけの小さな学校内を覗く。1年生から8年生までの生徒数は、多いときは26人少ないときは8人だった。最後のクラスは1941年。

夕陽が当たる岩の壁と月。この後辺りはすぐに暗くなった。

木に囲まれたキャンプ場の夜は快適だった。翌朝、私はまだ暗いうちにテントを畳みキャンプ場を出た。岩の壁に囲まれた土地は、太陽がどこから昇るのかよく分からず、日の出が待ち遠しかった。

ビジターセンター付近から見る岩山は、The Castleと呼ばれている。
青い空、朝陽が差し込む赤い岩山に、今日も快晴を確信する。

陽が昇ると空は真っ青になり、私は南北に細長いキャピタル・リーフ国立公園を横切るように、州道24を東へ走った。道はフリーモント川（Fremont River）沿いを走り、ゴーストタウンを少し過ぎた辺りで、公園の外に出てかなり走って来たことに気付く。

知らないうちに公園の外に出ていた私は、奇妙な砂岩の山を見つけた。
強い日差しが灰色の砂岩に反射し、サングラス越しでもまぶしい光景だった。

1883年から人が住み始め、1900年ごろには住人は200人に達し、1919年にゴーストタウンになったジャイルズ（Giles）。側に墓場もある物静かなゴーストタウンに人影はなく、乾いた地面を踏みしめる私の足音だけが聞こえた。大口径望遠マクロレンズで、ランチのゲートの一部をシャープに切りとり、この場を去った。

公園内に戻ると、フリーモント川に足を浸けて一休みした後、グランド・ウオッシュ（Grand Wash）と呼ばれる岩の壁の間のトレールを歩いた。

この地を反映する色のフリーモント川は、コロラド川に流れ込んでいる。
絶え間なく流れる川の音は、川の中に入ると大きくなり、他の音は何も聞こえない。

幅の狭いトレール部分には影ができ日差しを避けることができたが、影のない場所では強い陽の光が照りつけていたグランド・ウオッシュ。トレールを歩く家族の後姿を入れ、青い空と高い岩の壁をコンパクトデジタルカメラに写し込む。

グランド・ウオッシュを少し歩いた私は、西暦700年前から住み始め1250年過ぎまでこの地に住んだと言われているアメリカ先住民族が描いた壁画（Petroglyphs）に立ち寄り、公園を後にした。

高くて足場も悪く、相当身軽でなければ届かない場所に描かれていた壁画。
遠くから大口径望遠レンズで、手に触れられる距離から見たようにシャープに描写する。

65万年前に形成された歪んだ地球の地層が100マイル（160km）以上続くキャピタル・リーフ国立公園に別れを告げる。

公園を出ると、シーニック・バイウェイ12を南に見ながら州道24を西へ走った。

シーニック・バイウェイ12が州道24と突き当たる西側に位置するタウン、トーリー（Torrey）のメインストリート。
木陰がありがたく感じる夏の日の午後。西から東へ走って来るとシーニック・バイウェイ12はここで終りになる。

州道24をさらに西に走り州道62を南に下る。

州道62沿いにピンクの花が咲き、青い空に雲が浮かんでいた。
路肩に車を停め、レンズを向けると蜂が飛んで来た。

訪れるたびに新しい発見があり、いくら時間があっても足りそうもないユタ州シーニック・バイウェイ12の旅を終え、家路に就いた私の前方には美しく広大な景色がどこまでも続いていた。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。